一度きりの大泉の話/萩尾望都

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目次

発行日と目次

発行日:2021年4月30日

目次は以下

前書き (そもそものきっかけ)
1:出会いのこと ― 1969年~1970年
2:大泉の始まり ― 1970年10月
3:竹宮恵子先生のこと
4:増山さんと「少年愛」
5:『悲しみの天使(寄宿舎)』
6:『11月のギムナジウム』
7:1971年~1972年 ささやなえこさんを訪ねる
8:1972年『ポーの一族』
9:海外旅行 1972年9月
10:下井草の話 1972年11月末~1973年4月末頃
11:『小鳥の巣』を描く 1973年2月~3月
12:緑深い田舎
13:引っ越し当日 1973年5月末頃
14:田舎と英国 1973年
:マンガ『ハワードさんの新聞広告』
15:帰国 1974年
16:『トーマの心臓』連載 1974年
17:『ポーの一族』第1巻 1974年
18:オリジナルであろうと、原作ものであろうと
19:アシスタントをお断りした話
20:城章子さん、怒る 1975年
21:―嫉妬― 「少女漫画革命」に邪魔な存在とは?
22:排他的独占愛
23:鐘を鳴らす人
24:BLの時代
25:それから時が過ぎる
26:1974年~2017年の大きな出来事は
27:佐藤史夫さんの幸福な時間
28:大泉サロン?知りませんが。
29:お付き合いがありません
後書き(静かに暮らすために)
萩尾望都が萩尾望都であるために/城章子

説明や感想など

昭和24年前後に生まれた少女マンガ家が、1970年頃から新しいマンガを次々に発表していきました。

その少し前、漫画家「竹宮恵子」と「萩尾望都」が共同生活を送り、その家をきっかけに多くの作家たちの交流が生まれました。

それらの出来事は漫画好きのあいだで、『花の24年組』『大泉サロン』などと呼称されていましたが、萩尾望都にとっては、そのような捉え方をされるのは迷惑なことであるようです。

その理由が書かれている、というよりは、その話をされるのが迷惑であるがゆえに、書かざるを得なかった本、です。

何十年も第一線で活躍し続けている人間でなければ、このように書くことはできないだろうな、と思わされる内容になっています。可能な限り誰にも恨みがいかないように、慎重に、でも自然に綴られています。

本は分厚いですが、さすが一流の漫画家とでも言うのでしょうか、大変読みやすく、かつ続きが気になって仕方のない流れで書かれているので、あっという間に読めてしまいます。

もちろんこれは萩尾望都の視点から書かれたものなので、違う立場から見た場合は違う事実に見えることもあるでしょう。

しかしながら、『花の24年組』や『大泉サロン』という言葉を、嬉しさをもって語るまえに、一度読んでおいたほうが良いと思います。

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この記事を書いた人

1970年代生まれ。少年ジャンプは黄金期、就職は氷河期の世代。

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